引当金の監査というと、「引当金の4要件を満たしているか確認する」と覚えている方も多いと思います。
もちろん4要件は出発点です。しかし、監査実務ではそれだけでは足りません。
引当金は将来の費用・損失を現在の財務諸表に反映する会計処理であり、金額の測定には経営者の判断が入りやすいため、「会計上の見積り」として監査する視点が重要になります。
実際の監査では、所属する監査法人の監査マニュアル、監査ツール、被監査会社の業種・会計方針、最新の会計基準・監査基準等を確認してください。
・引当金4要件は「認識」の入口
・監査では見積手法・仮定・データまで分解する
・見積りの不確実性、主観性、複雑性をリスク評価につなげる
・「会社が計算したからOK」ではなく、合理性を監査証拠で裏付ける
・最終的にその思考過程を監査調書へ残す
引当金の4要件をまず確認する
企業会計原則注解18で整理されてきた引当金の考え方では、一般に次の4つの要件が重要になります。
| 要件 | 監査で考えること |
|---|---|
| 将来の特定の費用又は損失 | 何の費用・損失を見込んでいるのか |
| 発生が当期以前の事象に起因 | 期末時点ですでに原因事象が存在しているか |
| 発生可能性が高い | 発生可能性を何に基づいて判断したか |
| 金額を合理的に見積可能 | どの手法・仮定・データで測定したか |
ジュニアスタッフに特に伝えたいのは、4つ目の「合理的に見積可能」という言葉の中に監査上の論点がたくさん入っていることです。
引当金監査は「認識」と「測定」を分けて考える
そもそも引当金を計上すべきか。4要件を満たしているか。②測定の監査
計上する金額はいくらか。見積手法・仮定・データは合理的か。
賞与引当金であれば、「期末までの勤務に対応する賞与費用を認識すべきか」という認識論点と、「対象者数、支給見込額、評価期間、在籍条件などを使っていくら計上するか」という測定論点があります。
貸倒引当金でも、「信用リスクが存在し貸倒見積高を認識する必要があるか」と、「一般債権の貸倒実績率、個別債権の回収可能性、担保・保証、事業計画等をどう金額へ反映するか」を分けて考えます。
監基報540では「見積手法・仮定・データ」が重要
監査基準報告書540「会計上の見積りの監査」は、会計上の見積りを単なる計算問題ではなく不確実性を伴う測定として捉えています。
| 要素 | 例 | 監査人の視点 |
|---|---|---|
| 見積手法 | 貸倒実績率法、個別回収可能額の算定方法 | 会計基準に照らして適切か、継続性はあるか |
| 仮定 | 回収率、将来売上、賞与支給率、退職率 | 合理性、整合性、経営者の偏向がないか |
| データ | 債権残高、過去貸倒実績、人員数、給与データ | 正確性・完全性・適合性・信頼性 |
見積りの不確実性が高いほど監査は深くなる
すべての引当金を同じ深さで監査するわけではありません。監基報540では、見積りの不確実性、複雑性、主観性その他の固有リスク要因が重要な虚偽表示リスクにどう影響するかを考えます。
毎年ほぼ同じ支給ルールで算定する賞与引当金と、業績悪化先に対する多額の貸付金の貸倒引当金では、見積りの不確実性も主観性も大きく異なります。
何が金額を動かすのか、どこに判断が入るのかを理解して、そのリスクに対応した監査手続を設計します。
過年度の見積りと実績を比較する
見積り監査で有用なのが遡及的検討です。前年に100と見積もったものが翌期80で確定しても、差20が直ちに誤りというわけではありません。前年末時点で利用可能だった情報に照らして前年の判断を評価します。
賞与引当金なら「前年末見積額と実際支給額」、貸倒引当金なら「前年に見込んだ回収額と実際の回収状況」などを比較します。
ジュニアスタッフが陥りやすい監査
①会社の引当金計算Excelを入手
②足し算・掛け算を再計算
③前期との増減を確認
④「特に問題なし」と結論
これでは会社が選択した見積方法そのものが妥当かという論点を飛ばす可能性があります。「なぜこの方法なのか」「なぜこの仮定なのか」「このデータはどこから来たのか」まで遡ります。
監査調書は「リスク→手続→証拠→結論」をつなぐ
①会社の会計処理・見積プロセスを理解
↓
②重要な虚偽表示リスクを識別・評価
↓
③リスク対応手続を設計
↓
④監査証拠を入手
↓
⑤矛盾する証拠も含めて評価
↓
⑥会計処理・見積額が合理的か結論
研修講師としてジュニアに聞きたい質問
- この引当金の金額を一番大きく動かす仮定は何ですか?
- 会社が去年と同じ計算方法を使っていることは、なぜ監査証拠にならないのでしょうか?
- 見積りに使ったデータの完全性は、どう確かめますか?
- 経営者の説明と矛盾する情報があった場合、調書のどこに残しますか?
- この調書を来年初めて見るスタッフが、結論までの思考を追えますか?
研修で考えてほしい5つの質問と模範解答
引当金を含む会計上の見積りの監査では、会社が作成した計算表を再計算するだけでは十分ではありません。
「なぜこの見積りになったのか」「どの仮定が重要なのか」「どの監査証拠で結論を裏付けたのか」まで考えることが重要です。
質問① この引当金の金額を一番大きく動かす仮定は何ですか?
模範解答
引当金の計算方法を分解し、見積額に大きな影響を与える仮定を特定します。
どの仮定が重要になるかは、引当金の種類や会社の状況によって異なります。
例えば、貸倒引当金の個別評価であれば、以下のような項目が重要な仮定になる可能性があります。
・将来売上高
・将来利益率
・返済可能額
・回収時期
・担保処分価額
・保証による回収見込額
賞与引当金であれば、以下のような項目が考えられます。
・支給月数
・業績連動率
・支給対象者数
・給与単価
・退職見込者数
・社会保険料率
重要なのは、単に仮定を列挙することではありません。
「その仮定が少し変化したとき、引当金額がどの程度変動するのか」という感応度まで考えます。
講師としての補足
ジュニアスタッフには、次のように質問するとイメージしやすいと思います。
そのセルに入っている仮定が、監査上重要な仮定である可能性があります。
見積額への感応度が大きく、不確実性や主観性が高い仮定を識別する。
質問② 会社が去年と同じ計算方法を使っていることは、なぜ監査証拠にならないのでしょうか?
模範解答
前年と同じ計算方法を使用しているという事実は、当期にその計算方法が適切であることを証明するものではないからです。
監査人は、当期の状況に照らして、会社が採用している見積手法が適切かどうかを検討する必要があります。
例えば、前年と同じ貸倒実績率を使っていても、当期に以下のような変化があれば、前年と同じ方法が適切とは限りません。
・景気や信用環境が大きく悪化した
・得意先構成が大きく変化した
・貸倒実績が増加している
・債権の回収条件が変わった
賞与引当金でも同じです。
前年と同じ計算式であっても、当期から賞与制度が業績連動型へ変更されたり、評価期間や支給条件が変更された場合には、前年と同じ方法では適切に見積もれない可能性があります。
講師としての補足
前年調書をコピーして数値だけ更新するのではなく、当期の環境変化を踏まえて見積方法を再評価することが重要です。
継続適用されていることと、当期における妥当性は別問題。
質問③ 見積りに使ったデータの完全性は、どう確かめますか?
模範解答
見積り計算表に入っているデータだけをチェックするのではなく、元となる母集団から見積り計算表まで、必要なデータが漏れなく取り込まれているかを確認します。
例えば、賞与引当金の対象者一覧に500名が記載されているとします。
500名について給与単価を給与台帳と照合しても、それだけでは完全性を確認したことにはなりません。
例えば以下のように確認します。
↓
賞与対象外従業員:30名
↓
賞与引当金対象者:500名
このように母集団から対象者一覧までをリコンサイルすることで、対象者の漏れがないか確認します。
貸倒引当金であれば、例えば次の流れを確認します。
↓
売掛金・貸付金明細
↓
債権年齢表・債権区分表
↓
貸倒引当金計算表
また、システムからExcelへデータを抽出している場合には、以下も確認対象になります。
・対象期間
・対象勘定科目
・フィルター条件
・除外データ
・データ加工の有無
講師としての補足
ジュニアには次のように説明すると分かりやすいと思います。
Excelの外から必要なデータが漏れなく入ってきているかを見るのが「完全性」。
完全性を確認するときは、計算表から元データへ戻るだけではなく、母集団から計算表へ向かって確認する。
質問④ 経営者の説明と矛盾する情報があった場合、調書のどこに残しますか?
模範解答
必ずしも「矛盾情報欄」という専用欄を設けなければならないわけではありません。
しかし、その見積りに関する監査証拠の評価、重要な判断、最終結論につながる場所に、矛盾する情報と監査人がどのように対応したかを明確に記録します。
例えば貸倒引当金で、経営者が次のように説明したとします。
「A社は来期に黒字化するため、貸付金は全額回収できます。」
一方、監査人が以下の情報を把握したとします。
・過去3年間すべて事業計画未達
・当期売上は計画比70%
・返済が6か月延滞
・直近月次も赤字
この場合、調書では次のような流れを記録します。
↓
矛盾する情報
↓
追加監査手続
↓
監査人の評価
↓
最終結論
例えば、売上成長率を引き下げた感応度分析を実施したり、期末後の返済実績や主要契約を確認するなどの追加手続を行います。
講師としての補足
会社の説明だけを書き、矛盾する情報を書かない。良い調書
矛盾情報も記録し、それを踏まえてもなぜその結論になったのかを説明する。
これは職業的専門家としての懐疑心を実務へ落とし込むうえで非常に重要です。
反証情報を消すのではなく、反証情報を乗り越えて結論を出す。
質問⑤ この調書を来年初めて見るスタッフが、結論までの思考を追えますか?
模範解答
監査調書は、以前その監査に関与していない経験豊富な監査人が、実施した監査手続、その結果、入手した監査証拠、重要な事項、重要な判断、最終結論を理解できるように作成する必要があります。
したがって、次のような記載だけでは不十分です。
・クライアントへ確認済み
・再計算一致
・特に問題なし
調書を読めば、次の流れが分かる必要があります。
↓
会社はどのように見積もったのか
↓
重要な仮定は何か
↓
どの監査証拠を入手したのか
↓
どのような反証情報があったのか
↓
監査人はどのように評価したのか
↓
なぜ最終的に妥当と判断したのか
具体例
貸付先A社の業績悪化により回収可能性にリスクを識別。会社の見積り
3年間の事業計画を基礎として全額回収可能と判断。重要な仮定
売上成長率を重要な仮定として識別。
監査手続
過去実績、受注状況、主要契約、期末後売上と比較。
反証情報
当期実績が事業計画を下回っていることを把握。
追加手続
売上成長率を引き下げた感応度分析を実施。
結論
保守的なケースでも返済原資が確保されることを確認し、会社の引当額は合理的範囲内と判断。
講師としての補足
誰が読んでも、どの監査証拠を基礎として、監査人がなぜその結論に至ったのかを追える状態にすることが重要です。
調書を見れば、「リスク→会社の見積り→仮定→証拠→反証情報→評価→結論」が再現できるようにする。
5つの質問に共通する答え
ここまでの5問には、共通する考え方があります。
会社がその見積りに至ったプロセスを理解し、
②重要な仮定
③使用するデータ
④見積りの不確実性
⑤反証情報
を検討したうえで、十分かつ適切な監査証拠によって結論を裏付け、その思考過程を監査調書へ残すことが重要です。
研修のまとめ
会社の計算を「確認する」のではなく、
会社の見積りを「検証する」。
そして、
「なぜこの結論なのか」を第三者が理解できるように調書へ残す。
まとめ
この流れで考えれば、貸倒引当金、賞与引当金だけでなく、減損、繰延税金資産、資産除去債務など他の見積りにも応用できます。
