職場での怒りは不要な時代に
職場でいかにも機嫌悪そうにしている上司を見て部下はこう考えます。
「今は機嫌が悪そうだ、話しかけづらい、後にしよう。」
よくある光景です。
上司の機嫌を覗って仕事を後回し。
なんか不効率ですし生産性がないですよね。
一昔前は学校の先生からして2日に1回くらいはキレてましたから、ある意味怒ること、怒られることに社会が慣れていました。
しかし、時代は変わり、今は怒り不要の世の中です。
怒ったら負けです。
職場で不機嫌を撒き散らしたり、人に気を使わせたりすることは無能のやることと認知されつつあります。
そしてそれが行き過ぎればパワハラ問題となります。
日本人は我慢強い人が多い気がします。
そういう我慢強さと社会システムがうまく噛み合っていた時は良かったのですが、
このような不機嫌な上司問題も含めて、どうも生産性がG7の中で最下位なのも、こういうような部分と無関係ではないような気がしてなりません。
今回は、怒りは不要というテーマです。
そもそも怒りとは何なのか
そもそも怒りとは何なのか考えてみます。
感情は喜怒哀楽と言われますが、どうも怒りだけは外部に向けての感情発信の側面が強そうです。
他人に向けての感情アピールです。
一人で壁に向かって怒鳴ったり怒る人はあまりいません。
そうしたところでどうにもならんでしょう。
何かを他人へ訴えています、それを通じて他人に対して影響を与えようとしているのです。
では、何を訴えているのでしょう。
数々の怒りについて共通化すれば、これはどうやら
「私ではどうにもならないです。助けてください。」という訴えなのです。
要するに怒りと言いつつも、実態は人に泣きついているのです。
不機嫌な職場の上司も「おれは困っているぞ、自分の力ではどうにもできないです。」というメッセージを発信しているのです。
かっこ悪いですね。
自分で対処可能であれば対処すればいいので怒らないはずです。
怒りを発信することで相手を威圧し、自分の優位な立場を失わずにその場をしのごうとしているのです。
そう考えると、怒りや不機嫌を撒き散らしてる人ってなんだが、かわいそうで情けなくなってきませんか。
実は怒りは「無能アピール」なんです。
怒っている人にはもれなく「無能」の称号が付与されます。
怒りは甘え
次にどの場面で怒るのか考えてみます。
取引先の社長などお偉いさんに怒る人はいないですね。
人は怒ることができる場面で怒ります。
要するに「この人だったら怒ってもOK」と判断して怒っています。
冷静さを失っている思いきや、怒りの対象を選別しています。
この辺はアドラー心理学の目的論の考え方と整合します。
部下だったら許される
後輩だったら許される
しかし、重要な取引先はNG
ずるい発想だと思いますよね。
「部下もへったくれもあるか、そんなわけないやろ!」と思いますよね。
それが甘えなんです。
実は怒っている対象者へ甘えているのです。
精神的に未熟と言わざるをえません。
赤ちゃんがわめき散らしてるのと同じなのです。
怒っている人には「無能」に加えて「甘え」の称号が付与されます。
怒りへの対処法
一番の対処法は、相手にしないことです。
距離を置きましょう。
これが一番です。
無能で精神的に未熟な甘えん坊は相手にする価値もないでしょう。
どうしても関わらずにはいられなくて、にっちもさっちもいかなかったら1回くらいは怒り返してもいいかもしれません。
派手にケンカするのではなく、甘えを受け付けない、あなたの保護者でないというメッセージの発信です。
これで大人しくなるケースも希にあります。
いじめやパワハラ問題がなくならないよう、今のところクリティカルな対処法がないのが悩みです。
とにかく離れることですね。
怒りの正体を知って怒り不要へ
以上、怒りとは何なのかを考えてきました。
そして怒りは不要な理由について書いてみました。
怒ることは時間の無駄
怒ると物事が正しい方向に進まない
怒ると人から敬遠される
怒ると雰囲気が悪くなる
職場で不機嫌なあの人、実は無能でかつ甘えん坊なのです。
自分はあの人と同類なのでしょうか、それとも違いますか。
そう考えると自分も怒ろうと思わなくなります。
自分の機嫌を上機嫌に保つのは大人のたしなみです。
自分の機嫌は自分でとるもの。
くれぐれも人に自分の無能さや甘えを押し付けないようにしたいものです。
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